当社のべっ甲ピックを使って頂いているミュージシャン

(敬称略)

渡辺香津美 日本を代表するジャズ・ギタリスト

渡辺香津美

「日本のジャズギタリストを一人挙げなさい」という問題があれば「渡辺香津美」とほとんどの人が書くであろうほど有名でテクニックも凄いギタリスト。
あのCharがアマチュアだったころに「渋谷にギターのうまいやつがいるって噂が流れてきたんだ、それが渡辺香津美だったんだ」
とすでにアマチュアの時にお互い「天才」と呼ばれていたギター少年だった。
17歳でソロデビュー、その後イエロー・マジック・オーケストラ(YMO)と共演し新たなギターの世界を広げる。
当時高校生であった私も「LONESOME CAT」「OLIVE'S STEPS」を聴き、その音色の美しさに驚いた。

アレンビッグ

友達から「アレンビッグというギターだよ。」と教えてもらい、お年玉を貯めてアレンビッグのコピーであるGrecoのGO-700を買ったほどです。

グレコgo-700

このギターは、ボディーとネックが一体になっており、ものすごくいい音がしました、しかし超重いのが唯一の欠点。
当社のピックをレコーディングやライブでも使って頂いています。
ちなみに香津美モデル(2mm)です。←注文があれば作りますよ!

現在も第一線で活躍している、大好きなギタリストである。


高橋マコト 

高橋マコト

16才でポリドールから発表されたマギーメイのアルバムに参加
同時に、国立音大のジャズ研究会に参加し
トランペット奏者の吉田憲二のジャズコンボで、新宿ピットイン等に出演
日本大学芸術学部に入学後も音楽活動を行い
多くのミュージシャンとセッションを励行、本格的に音楽を指向し始める
その後インド、ネパール、タイ等を放浪
1979年後半もんた&ブラザーズに参加
その後、久保田早紀、ジョー山中、清水ヤスオ等
スタジオワーク及びツアーミュージシャンとして活動
 
2003年11月
子供バンドの湯川トーベン、Bo Diddleyのヨシ嶋田との新たなユニット
Triple Diamondをスタート(ハードロック&ブルース)
2010年11月
西慎嗣、内海利勝、高橋マコトの三人のオムニバスCDを発表
Music Dictionary vol.01

2011年1月
Triple Diamonnd活動停止
Blues Boys 115(新井武士氏とのギターデュオ)でのCD発売を発表
うずまき兄弟(渡辺茂、ボブ斉藤、Suzi Kim,関根真理)活動中
2013年4月
Blues Boys 119( 新井武士氏とのギターデュオ)
うずまき兄弟(渡辺茂、ボブ斉藤、Suzi Kim,関根真理)
マコベン(湯川とーべんとのデュオ)MAMMOTH,
マコ完(石井完治氏とのデュオ)などでライブ展開中です。
出展:高橋マコト-Guitar☆Man

数年前より、当社のティアドロップハードを使って頂いています。現在精力的にライブ活動を行っている現役バリバリのギタリストです。
活動はこちらをご覧ください⇒高橋マコトFacebook


大竹研

大竹研

ジャズギターを布川俊樹氏に、
アコースティックギター/クラシックギター/音楽理論を津村秀明氏に師事。

2002年より4年間、沖縄唄者である平安隆(exチャンプルーズ)のサイドギターを務める。

2006年より台湾客家のシンガー、林生祥と活動。アルバム「種樹」「野生」「大地書房」に参加。2011年、フジロック出演。

2011年、ソロアルバム「I Must Have Been There」をリリース。2012年、台湾のグラミー賞、金曲奬のベストプロデューサー賞にノミネートされる。

ジャンルと国境を超え、主に台湾と日本で、ボーダレスに音楽活動中。
出展:大竹研 Ken Ohtake Facebook
当社のティアドロップハードを使って頂いています、主に台湾でライブをされておりなかなか日本ではお目にかかれませんが、とても美しいギターを弾かれるギタリストです。


山本恭司 BOWWOWでは超絶のギターを披露、ハードロック界の天才ギタリスト

山本恭司

15歳でギターを始め、18歳でヤマハ・ネム音楽院に入学。その頃より天才ギタリストとの呼び声高く、在学中にBOWWOWのリード・ギタリスト、リード・ヴォーカリストに抜擢される。
デビュー当時はキッスやエアロスミスとのツアーが大きな話題を呼び、豪快で圧倒的なサウンドとギターテクニックにより常に日本のロック・シーンをリードしてきた。その後VOW WOWを結成しロンドンをベースにヨーロッパ、アメリカで約4年間活動、イギリスでチャートインするなど海外での評価も高く、海外有名アーティストへの影響力も大きい。
また、バンド活動以外にもギター・インストゥルメンタル・アルバムや東日本大震災復興支援チャリティーアルバム「Inori~Rebuilding Lives~」のリリース、ジャズ・フュージョン系ミュージシャンとのセッション、アコースティックの弾き語りやギタリストアルバム「六弦心」他アーティストのプロデュースに至るまでその幅広い音楽性を武器に世界の音楽シーンで活躍をしている。
出展:Kyoji Yamamoto Official Web Site
当社のお客様を通じてピックが渡っています。


安達久美 フュージョンからブルースまで弾きまくるパワフルギタリスト

安達久美

安達久美は子供の頃「耳コピ」でレッド・ツェッペリンの「天国への階段」を悪戦苦闘の末1年間でマスター。その後ギターにのめり込み19歳で念願だったミュージシャンズ・インスティチュートに1年間の留学を果たす。自らのギターキャリアに自信があった安達は、周囲のレベルの高さに衝撃を受け、落ち込むこともあった。しかし、周囲の音楽に対するハングリー精神に刺激され、自分もまた音楽に対して貪欲に打ち込んだ。学校は年中24時間開放されており、ほとんどの時間を練習に費やしていた。長年憧れていたヘンダーソンは厳しい指導者であったので生徒の中には少し及び腰の者もいたが、安達は自分からヘンダーソンに会いに行き、二人でブルースのセッションをしたこともあった。 出展:Wikipedia

実際私も佐世保のジャズフェスでライブを見たことがあります。すごいパワーのあるギターで盛り上げていました。(私も盛り上がりました)
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山崎ハコ  「中島みゆきのライバル?」とも言われた独特の世界観が心に沁みる

山崎ハコ

大分県日田市出身。父親の仕事の関係で、中学生の途中から卒業までを祖母と日田市で暮らす。卒業後、両親の待つ横浜へ。横浜学園高等学校在学中、コンテストに出場がきっかけで1975年にアルバム『飛・び・ま・す』でレコードデビュー[1]。150センチあるかないかの小柄で痩せた体躯からは想像もできないパワフルな声量・表現力を誇る歌唱と、暗く鋭く愛から社会を抉る歌詞で、デビュー当時、中島みゆきのライバルと言われた。1975年12月、TBSホールの『パック祭り』に出演。大反響となり、TBS『パックインミュージック』を中心に、“深夜放送のマドンナ”と言われ始める。1979年4月~80年3月 ニッポン放送『オールナイトニッポン』火曜日のDJを担当。その後もリリースやコンサート活動を続け、女性フォークシンガーとして活躍する一方で、エッセイの執筆、演劇出演[1]など多彩な活動を行う。現在も全国のライブハウスを渡り歩くなど、精力的に活動している。 出展:wikipedia

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所ジョージ

所ジョージ

私が心から尊敬する人です。
大人の遊びの第一人者、